やましさ、が邪魔をする。
富豪でもなく、名門でもなく。
ただ単に、何代前かまでは、小金持ちであったという程度の家系でしかないのに、生まれつき、妙に、時として、鼻持ちならないくらいの高い、矜持を持っています。
親も持て余すくらいに自分を曲げない部分もあるし、随分丸くなったけど、今でもそれは残っていて、社会性と協調性に、我ながら不安で仕方なくなることも(´・ω・`)
家族運も、お金にもあまり恵まれず、愛し愛されるパートナーも居ない身の上。
それなのに、高望みして、“初めから何不自由なく育った人にしか手に入れられない”ような幸福に憧れる。
波瀾万丈の人生を歩んだ人でも、きちんと「幸せ」を、自分に合うようにカスタマイズしている人はたくさんいるのに。
何が幸せなのか、より、こういうものを持っている人が幸せ、っていうことを考えていたのかもしれません。
私は、結構面白いと言われます。
けど、私の数倍面白かった母は、父との関係が破綻していたし、女性として見られていなかったように思えるから、私は、好きな人の前で、友達と居る時みたいに、面白いことが言えませんでした。
本当は、一緒に馬鹿笑いしたかったなあ。
高いものじゃなくていいから、美味しくて楽しいご飯を一緒にいっぱい食べたかった。
仕事の愚痴言い合って、笑い飛ばして、時には喧嘩して、また仲直りして。
この人なら、受け止めてくれるって信じて、色んなこと、素直に語り合いたかったな。
心の距離が縮まらないって言われたの、今なら良く分かります。
不安で、怖くて、嫌われたくなくて、独りぼっちになりたくなくて、必死で、愛情を奪い取ろうとしてしまっていたような気がします。
最近漸く、あの人のこと、少しだけ、静かな気持ちで考えられるようになりました。
好きなのは前と同じだけど…。
毎日毎日、生きて行くのに必死だけど、また恋はしたいな。
気晴らしとか、不安から逃げる為とかじゃなく、一緒に幸せになりたいな、と思える人と。
神様、頑張るから、まだもうちょっと、私にチャンスを下さいね。