ミッサーシュミット臨戦態勢

モットーは性=生=死。親から精神的な自立をして、素敵なパートナーシップを築いて、楽しく笑って死ぬことが、最高に幸せだと思ってます(*'▽')当ブログはリンクフリー。記事のシェア&Facebook友達リクエストやTwitterのフォロー大歓迎です💛

共同体感覚の自己流解釈。

鬱などの精神疾患や、体の障害で働けないことの何が一番辛いか。

それは、安静にして体を休めておくことしか出来ないから、誰とも心の底から繋がれず、世の中の何の役にも立てない自分を責めて、消えてしまいたくなること。

 

罪悪感、無価値観が何よりも精神状態を悪化させます。

人を自殺に駆り立てるものは、お金の心配や、後ろめたさよりも、“強い孤独感”なのだな、と、痛烈に感じています。

 

アドラー心理学では、

「誰かの為に生きることを考えれば、自分の苦しみは消える」

というようなことを説いています。

これは例え病気で、一銭も稼げる状態に無くても、全くその通りだと、今ようやく実感しています。

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私はもうそろそろ、本格的な、希死念慮に苦しめられる生活と手を切る予定なので、焦りや不安はありますが、兎に角今は、先々の不安よりも、今日と明日のことだけを考えて生きるようにしています。

その上で、“働く”ということについて、このように考えました。

 

・自分がやってて苦じゃない、かつ、他の誰かの役に立てるものをやる→お礼に報酬を貰う=お仕事して稼ぐということ。

・乗り物や機械がなぜ動くかの仕組みや、一番効率の良い動力源は何かをきちんと知った上で作動させ、人々の生活に役立つ状態にする→人間1人1人の体も精神も同じく、或る程度自分でメンテナンス出来るようにしておけば、少々調子が悪くても仕事して稼ぐ方法を新たに編み出すことが出来る。

 

報酬として頂く金額の多寡が問題なのではなく、きちんと周りと繋がれた共同体の中で、自分もその一員であるという誇りを持って生きられること。

金銭や物質のみならず、誰かから頂く、そして、自分から与えようとする気持ちや想いというものも、とてつもなく大きな資産だということ。

 

まだ経済的にそこそこ恵まれていた幼少期から、何故かずっと、お金の心配は消えなくて、それはつまり、自分が共同体の中でちゃんと誰かの役に立てる状態で生きて行く自信が無かった、ということなのでしょう。

ただ、世に言う“貧困状態”目前になっても、本当に運とご縁のお蔭様で、今日まで何とか生きて来られたのは、心の根底に、“私の力で誰かの些細な幸せを創り出せる可能性が0になるまでは、きっと神様は私を殺さない”と信じていたからだと思います。

 

追い込まれた状態でなくてはなかなか気付き難い事実だと思うし、経済的にも心理状態にも文句無しに恵まれた生活を送れていれば、別に悩み苦しむことではないかも知れません。

それでもやはり私は、今この、どん底から這い上がろうとしている状況で、実感を持って知ることが出来たのは、幸せに違いないと思っています。

 

経済の仕組みを少しでも知ろうと、色んな本を読んでいる最中ですが、やはり私は数字が苦手で、投資や経理なども、きっと無理です(;’∀’)

ただ、そんな人間にも、まだこれから、自分の幸せと周りの好きな人達の為に、何らかの形でたくさんのお金を循環させられるのではないか、という、予感と言うか、本当におこがましいのですが、確信があるのです。

 

私は決して孤独ではない。

それを知り、そして信じることで、人生は変わる。

 

なるべく気楽に、ポジティヴに、というよりは、不安は不安、恐怖は恐怖であって当たり前、でも、さあ、それからどうするの?というところに立てて初めて、自分の人生が始まるのだな、と感じています。

楽しくて面白くて、興味のあるものを探すところから、もう一度始めてみようと思います♡