ミッサーシュミット臨戦態勢

モットーは性=生=死。毒な親から精神的自立をして、素敵なパートナーシップを築いて、楽しく笑って死ぬことが、最高に幸せだと思ってます(*'▽')当ブログはリンクフリー。記事のシェア&FacebookやTwitterのフォロー大歓迎💛

好き好き大好き愛してる♡

お久しぶりです(*’▽’)

 

月曜の早朝に振られて、激務で泣く暇も無く、金曜日に飲みに行って少し発散して、昨日はずっと1人、お家で泣いてました。

 

色々思い出して、もっとこうしてれば…とか、ああ、全然彼に弱い所出さずに、嫌われないように良い所ばっかりアピールしてたかも(就職面接かww)とか、色々思うところはあります。

 

そして、彼に対して、こういうところは嫌だなっていう気持ちもたくさんあったけど、それも含めて大好きでした。

 

ずっとずっと一緒に居て、ラブラブになって、楽しかったね♡っていいながら、人生の終わりを見届けたかったなあ。

そんな気持ちになったのって初めてでした。

 

「今度こそミッサーシュミットの人生から消えるね。幸せなってね」

って言われて、

「辛いけど、勇気を出して、私とお付き合いする気があるか聞いて良かった」

って、決して嘘ではないけれど、凄く上辺だけの返事をして。

 

頭グルグルしながら仕事に行く準備して、さあ家を出ようって思う直前に、

「それが本当に言いたいことか?伝えたいこと別にあるだろ!(# ゚Д゚)」

って、本音が大爆発。

熟考もせず、もう1通、最後のメールを出しました。

 

「本当に本当に本当に大好きだったよ」

 

返事が来ようが、引かれようが関係無い。

私は彼に幸せになって欲しかったし、一緒に幸せになりたかった。

 

自分を苛めるように仕事して、家族の問題から目を逸らして、ずっと暗いまま、お酒ばっかり飲んで。

あ、これ、ちょっと前の私と一緒だww

 

あの人は、私の人生を、客観的に見せてくれました。

私が自分で嫌いなところを、あの人も漏れなく持っていた気がする。

だから、初めて会ったその日から、何かを感じたんだな、って、今は思います。

 

兎に角寂しそうで、何となく場違いな感じでそこに居て。

そんな彼と、一緒に笑って、明るくなって、楽しく生きたかった。

 

何かをしてあげたかったし、何かをして貰いたかった。

人生を共に歩むパートナーにはなれないんだって思うと、とっても寂しいけど、それでも好きだったし、今も大好き。

 

理由も証拠も確証も無く、ただただ、好きでした、

37歳の私が、とんでもなく幼稚な恋をしたけれど、後悔はありません。

 

周りの皆は心配してくれて、代わりに泣いてくれて。

たくさんの励ましと慰めの気持ちと言葉を貰ってます。

 

職場では失恋のことは話してないけど、とうとう、超絶激務で理不尽な働かされ方をしている先輩が、退職する決意が付いたって、上司が誰も居ないお昼休みに教えてくれました。

この先輩居なくなったら、会社どうなるんだろww

もちろん私は先輩と同じ働き方はしませんし( *´艸`)

 

皆変わって行きます。

幸せを求めて動いてる。

逃げてもいいし、とことん向き合ってもいい。

どう足掻いたって、きっと、最終的には、絶対大丈夫だって、どこか信じてるから、人は失敗出来るんだと思うのです。

 

金曜日に飲みに行ったお店のご店主に、失恋した、けど大好きって言えたから後悔してないし、きっと次は幸せになれると思うってお話したら、

「既に、今もう、幸せだって、気付いたんじゃない?」

って言われて…。

 

ああ、私、とうとう、他の人から、その言葉を貰えるようになれたなって、とっても嬉しく思いました。

 

話がガンガン飛びますが、受験期に、源氏物語を詳しく知る為に、大和和紀さんの『あさきゆめみし』を読むように言われました。

books.rakuten.co.jp           私の持ってる単行本タイプは、もう無いみたい…時代の流れww

当時16、7歳でしたが、本当にこの作品が大好きになって。

大和さんの画力とストーリーを作りだす力が素晴らしいのだと思いますが、多分、私の生き方に、もしかしたら一番影響を与えた本かもしれません。

 

昔の数え年の37歳は、女の厄年。

光源氏の最愛の女性・紫の上が死ぬのも、確かその年。

 

今は数え年ではないけれど、私は今、37歳。

愛憎の渦に巻き込まれながら生涯を過ごした紫の上は、ずっと俗世を捨てて、出家したいと願っていたけど、光源氏がそれを許さなかった。

紫の上は、自分の悲しみや辛さや切なさよりも、光源氏を思いやる気持ちを優先して、一生を終えました。

 

また話は戻るけど、先輩が辞めるってお話をして下さった時、お互いにキリスト教に縁のある学校を出てたこともあって、その流れで、

「私、20代の初め、マジで出家しようと思ってた。でも、尼さんになっても、受け入れ先のお寺も無いし、食べて行けないから、何とか自力で働くしかないって思って頑張った」

って話したんです。

その先輩はまだ24歳なんですが、私の話を聞いて、凄く驚いて、

「私もそうなんです!もう俗世を捨てたいって思って!」

って。

 

だから昨日、もう何年振りか分からないけど、結構久々に、『あさきゆめみし』を読み返しました。

もう、嗚咽ものの大号泣でした( ;∀;)

 

何だろう。

私、ようやく、自分に戻れたなって思いました。

 

あの人との未来は失われたけど、その分、鬱が本格的に酷くなる前の自分を取り戻せた。

死にたいって言う気持ちを持ち続けて、嫌になるほど向き合ったのは、そうしないと、本当に死んでしまうって思ってたから。

 

そして、今は、とっても怖いけど、後悔することもたくさんあるだろうけど、強がりでも何でもなく、そうか、もしかしたら、私、もうあんまり長くないのかもな、って感じるんです。

寿命ってあるんだなって思います。

 

これはこれで、頑張って生きて来たんじゃないかって、初めて自分を、ちゃんと褒めようって思いました。

もし許されるなら、“男性”という生き物と、ちゃんと仲良くなれてから死にたいなって願ってます♡

 

明日から、いや、昨日から、新しい自分になったように感じます。

もしかしたら、お寺に修行に行くかも…予定は飽く迄も未定ですがww

 

こういう気持ちは今だけ限定かもしれないけど、もう一度、あの人に会って、愛し合えるようになれたらなあ。

思うだけはタダだし、色々楽しく妄想してます。

 

何だか変な記事になりました。

久しぶりなのに、ちゃんといつも通り書けなくてごめんなさい<(_ _)>

 

そして、いつもありがとうございます♡

どうか良い日曜日を(*’▽’)