ミッサーシュミット臨戦態勢

モットーは性=生=死。毒な親から精神的自立をして、素敵なパートナーシップを築いて、楽しく笑って死ぬことが、最高に幸せだと思ってます(*'▽')当ブログはリンクフリー。記事のシェア&FacebookやTwitterのフォロー大歓迎💛

泣くことは、決して、恥でも罪でもない。

先にこちらをどうぞ♡

misserschmitt2233.hatenablog.com

セラピーとかカウンセリングとかの世界を知るようになって、

「皆、良く人前で泣くなあ…感激屋さんなのかな?場の雰囲気に飲まれやすい人達なのかな?」

って思ってました。

 

私は泣き難い性格で、というか、涙が出そうになっても、感情を押し込めることに慣れていました。

人前で素直に泣く、という行為が、特異な行為のように思えて…最近、1人の時は、ちゃんと泣けるようになりましたけど。

 

母が何となく、すぐ泣く女は嫌い、みたいな感じの人で(;’∀’)

女の甘えとか、そういうイメージだったのかなあ…でも本当はずっと、私は泣ける人が羨ましかったんだと思います。

 

そこに、6/30(木)のビリーフチェンジ・入門講座ですよ…。

周りに見ている方がたくさんおられるオープンな場とはいえ、カウンセリング自体は棚田克彦先生に1対1でやって頂くもの。

一番キツい、でもそこしかないっていう、家族関係の問題にメスを入れたので、まだ未消化だった当時の思いがガンガン出て来て。

もう、完敗&敗北宣言→涙&鼻水。

 

椅子に腰かけた自分の前に、左から、父・母・妹の為の席、椅子が3つ置かれて、それぞれに話し掛けました。

中学・高校当時の設定で、今回は父と母だけが対象でした。

 

私の心は、両親に対する悲しみと怒りでいっぱいだったことを知りました。

良く心理学の本で読むような事例通りというか、お約束というか…他人事じゃないと思っていたはずなのに、どこか他人事だと思っていて、自分の中に落とし込めていなかった認識を、ちゃんとすることが出来ました。

 

父の椅子に座り、父の気持ちになって、その当時の心境を語る、というワークもやりました。

 

何かもう、誰が悪いと卑怯とか裏切ったとか、そういうことじゃなくて。

例え極悪非道で、私を深く傷付けて、お金を持ち逃げして家族を捨てて、残された女3人に一瞬本気で、一家心中をしようか…って考えさせたヤバい人だったとしても、私は父親をまだ愛しています。

 

でも、母の為に、その気持ちは言えなかった。

 

実は数年前に、とある心理カウンセラーさんの恋愛セミナーに行き、ミッションとして、父に連絡を取って、あの頃パパが私に辛く当たったから、冷たくしたから、大事にされてるということが分からないから、出会う男性に邪険にされる、と泣きながら話したことがありました。

父はショックを受けていて、きっとその場限りの感情だと思いますが(そういう人なんです…;’∀’)、私のことは大切に思っていて、幸せになって欲しい思っていると言ってくれました。

 

結局、私の中の親の問題というのは、父は殆ど関係無く、母のものだったということが分かりました。

 

父の機嫌が最優先の家庭だった為、父がイライラすることで、母も情緒不安定になり、娘に八つ当たりをしていました。

何も無い時は可愛がってくれましたが、それも、自分の感情の波が穏やかな時に限られていて、そして結構、過保護気味でした。

ひとたび父との諍いで気持ちが荒れると、母は感情の起伏を隠そうとはしませんでした。

 

夫婦仲が悪いのは、家族の空気がギスギスしているのは、両親の問題です。

それなのに、長女である私が解決しようとして、当然出来なくて、役に立てなかった、という申し訳なさと後ろめたさを引きずっていました。

それが、「何かの役に立っていない、お金を稼げていない私には、何も価値が無いのでは?」という感情の原因でした。

 

また、両親が幸せそうには見えなかったので、2人がちゃんと幸せになってくれない限り、私も幸せになってはいけないと、無意識で感じていました。

そして、「親よりも幸せになること」を、固く禁じて生きて来ました。

 

何となく、母よりも幸せになると、邪魔をされそうな気がしていることを棚田先生に伝えると、それは自分で思い込んでいるだけだ、というお答えが帰って来ました。

 

最後に棚田先生が、自分が言った言葉を、私に繰り返すように言われました。

はっきりと一語一句覚えてないことを申し訳なく思いますが、兎に角、喉の奥が引き攣れるような、私にとっては、最大の禁忌の文言でした。

 

「お父さん、お母さん、私は、あなたたちよりも、幸せになります」

「どうか、私を祝福して下さい」

 

もうちょっと前にも一度泣いてたんですが、どうしてもこの、「祝福して下さい」が言えなくて…。

泣きながら、最後まで口にするのに、少し時間が掛かりました。

 

子供が、両親に、自分の幸せを願ってくれって頼むこと自体、どうかと思うのに。

それを素直に頼めない私は、両親が自分の幸せを願っていると信じられていなかったのでしょうね。

相当辛い子供時代と青春期を送っていたのだな、と、改めて自覚しました。

 

人前で泣いてみて、恥ずかしいとか、弱虫な自分が居た堪れないとか感じるのかと思いきや、

「いや、これ私じゃなくて、他の人がやっても、絶対泣くよね」

と、何だかさっぱりした気持ちになっていました。

 

当たり前のことですが、私を嘲笑する人も、馬鹿にする人も、否定する人も居ませんでした。

勝手な思惑ですが、寧ろ、慰めるような、励ますような気持ちで見守って下さる方がたくさんおられたように感じました。

 

熱っぽくてぼんやりしていましたが、頭の芯はクリアで、新しく生まれ変わった魂が、ちゃんと体と精神とドッキングしたような感覚がありました。

もし、感情に蓋をしたり、湧き上がって来た気持ちに嘘を吐かなくてよい育ち方をしたら、こんなにすっきりした内面で生きて行けるのか、と、自分とのあまりの違いに驚きを禁じ得ませんでした。

 

何と言われようとやはり、愛情いっぱいに育ち、自分の存在価値に疑問を持たず、素直に人からの好意を受け取れる人達が、私には眩しくて、羨ましくてなりません。

今からそうなろうとしても、それは難しいです(;’∀’)

だから、ちゃんと自分なりの方法を見付けて、愛し愛されることに、恐れを抱かない人間になって行きたいと思います。

で、幸せな涙をたくさん流せるようになりたいです(笑)

 

このカウンセリングでは、怒りを上手く出す為に、丸めた新聞紙で椅子の座面を叩くワークもやりました。

棚田先生は、私が怒りを出すのが下手だと即座に判断されました。

感情的に怒る母のようになりたくなかったのだ、と伝えると、

「ご両親の怒りと言うのは、あれは相手に対する攻撃。怒りとは本来、自分の心を守る為のもの」

ということを教えて下さり、晴れやかな気分になりました。

 

時間の無駄だとか、遠回りするな、という意見もあるかもしれないけど、今しばらく、様子を見て、もう少し、内面を掘り下げていく作業を進めたいと思います。

 

ここで言うのは変かもしれないけど、やっぱり心理の分析って面白いなあ(*’▽’)